第2種電気工事士 筆記試験

 

第2種電気工事士の筆記試験を受験してきました。

どうやって勉強したか記録しておきます。

 

まず、筆記試験の日程をだいぶ勘違いしていたため、ちゃんと勉強したのは1週間ちょいです。総勉強時間は多分20時間強くらい。

 

勉強に使用したのはスマートフォンのアプリと、過去問が解けるサイトです。

 

最初はアプリの問題をひたすら解きました。

アプリは最初にダウンロードしたものが解説なしで、間違っても何がダメだったのかよくわからない状態になったため、解説付きのアプリに切り替えました。知識が全くない状態だったため、そもそもアプリの問題をすべて解くのになかなか時間がかかりました。

 

筆記試験は日曜日だったわけですが、水曜日くらいからやっと過去問を解き始めました。1日2回分くらいでしょうか。解説つきのサイトを利用しました。正答率は最初60%ぎりぎりでしたが、試験前日には80%くらいになりました。

 

最後に予想問題集を解いて90%弱。試験直前に借り物の参考書で図記号の確認をしました。本番は見たことのない問題もありましたが(トラフってなんだよ!とか)、自己採点は9割超えることができたので安心です。

 

最初は図記号も全くわからないし、合成抵抗の計算もすっかり忘れていて、配線図なんてなんのこっちゃという感じでした。ほぼ過去問と同じ問題がでているようなので、最初から過去問をベースに勉強した方が効率が良かったかもしれません。配線図はすんなり書けるようになったのが幸いでした。総合して、資格の筆記試験としては楽なほうだったと思います。

 

次は実技です。早めに工具をそろえなければ…

まあ受かっても実際に使うことがあるかは微妙なんですけれどね。

FF14の話

 

スプラトゥーンも無料体験版から始めたのだが、FF14もそうである。

何を隠そうドラクエよりFF派の私だが、FF14は始めたら廃人になりそうでなかなか手を付けられないでいた。

 

 

FF14は廃人になるほどではないが、ぼちぼちと楽しんでいる。恋人がなかなかはまってくれないのでソロプレイなのが少し寂しくはあるが。

 

最近はやっと、自分のチョコボと一緒に戦えるようになった。なかなかクリアできないメインストーリーのクエストがあったのだが、チョコボにお手伝いしてもらって何とかクリアできた。ありがとうチョコボ

 

なんとなく弓がかっこよくて詩人をやっているのだが、この間潜ったダンジョンではボスに2回も殺されてしまって本当に申し訳なかった。初見だったので許していただきたい。予習も大事だと思うが、予習すると初見のわくわく感が損なわれてしまうので難しい。本当はイベントシーンもちゃんとフルで見たいのだが、ほかの人を待たせてしまうのが申し訳なくてボス前のムービーやダンジョン突入時のムービーを初見でもスキップしてしまう。どうするのが正解なんだろう。ほかの人がムービーを見ていてもなんとも思わないんだけれど、自分が待たせているかもと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 

 

 

スプラの話

 

数か月前の無料体験版と友達の勧めで、スプラトゥーン2を買った。

ずっとやってみたかったこともあって、時間を見つけてはナワバリバトルに潜っている。

ずっとガチマッチに潜るのが怖かったのだが、最近エリアとアサリが楽しいなと思っている。ほかのルールに比べるとナワバリバトルに近いような気がする。

 

ナワバリでもガチマッチでも、相手に凄く強い人がいるとその武器を練習したくなる。相手にいると嫌だなーと思うのはブラスター系とお風呂武器だろうか。

 

最近ずっともみじシューターを使っているのだが、ロボットボムをぽいぽいするのが楽しい。ただ、対面があまり強くないので立ち回りが難しい。ずっと引きこもってボムをぽいぽいするのはよくないと思うし。かといって対面は負ける確率が高いし。

 

一番最初に持っていたのはスプラシューターベッチューだった。それでマルチミサイルが楽しくなって、次に赤ザップを練習した。そうしたらロボットボムに愛着がわいてきて、もみじシューターを持つようになった。もみじは塗れるし雨つよいし、強いのでは…と思っているのだが、いかんせんPSがないのでなかなか使いこなせていない。

 

チャージャーもかっこいいなーとは思うのだが、いかんせんエイム力がないのでいつも戦犯ムーブをかましている。名前にチャージャー練習中だとわかるようにしておくから、あんまり怒らないでほしい。。。チャージャーはうまいとかっこいいんだよなあ

 

一か月に数回は友達と通話しながらシャケバイトをしている。わいわいやると楽しいので、買ってよかったと思っている。

wiresharkにUDP送信パケットが2重で表示される問題

 

表題の問題を解決するのにほぼ1日を費やしたので記録しておく。

結論を先に書いておくと、npcapをアンインストールしてwinpcapの新しいバージョンをインストールしたら治った。win10 64bitのPCだ。

 

以下に解決までの流れを書いておく。

 

C#で作った自作UDPデータ送信プログラムの動作検証をしようとした。

PCから別のPCに、UDPデータが送信できているかどうか、wiresharkで確認しようと考えた。自作プログラムにも何回送信したのかログが出るのだが、それを信用するのも怖いので別のプログラムからも監視しようと考えたわけである。

 

自作プログラムから1パケット送信。ログも1回。

wiresharkには2パケット表示。

別PCでのログを確認すると1パケット受信。

 

なんだこれは、となったわけである。

 

wiresharkの表示パケットは2つとも中身は全く同じで、違うのはIPフラグメンテーションの通し番号(おそらく。)だけだった。

 

最初はまさかwiresharkが悪いとは思わず、自作のコードを確認し、ハードウェア(ルータ、ケーブル)の問題かどうか切り分け、PCの設定を確認し…でもわからなかった。

 

Google先生に聞いてみても同じような症状がヒットせず。

wiresharkをインストールしなおしてもダメだった。

 

受信してるパケットも1パケットだし、もういいかと半ば諦めていたが、英語で検索をかけてみると、wireshark公式のフォーラムにそれらしき投稿があった。

https://osqa-ask.wireshark.org/questions/63519/udp-packet-are-duplicated-in-capture

 

上記のページにはnpcapのバージョンが古いのでは?新しいWinpcapをインストールしなおしてみたら?

的なことが書かれていた。

 

自分の環境ではwiresharkインストーラにnpcapのインストールする?としか聞かれなかったので、何も考えずにnpcapをインストールしていたのだが…。

npcapをアンインストールしてwinpcapをインストールしなおした。

メモが手元にないのでバージョンをここにかけないのだが、安定版をインストールしたような気がする。

 

そしたら解決した。

日本語だと検索しても見つからなかったので、メモとしてこれを書いておくことにする。結局自作プログラムはきちんと動作していたようでよかった。

 

とても久しぶりに日記を書こうと思った。たいてい、続かなかったものはそのまま忘れ去ることが多いので、間が空いても書こうと思えたことは大きな成長だと思う。えらい。

やっぱり毎日日記を続けるのは難しい。

日記という体ではなく、なにかのメモとか、あるテーマについて、みたいな感じなら書きやすいのかもしれない。

 

最近は夏バテもあったのかずっと体調が悪かった。毎日検温しているのでコロナではない。病院で薬を処方してもらったが、まだ体に合わないのかずっと緩やかに体調が悪い。なんだかずっと貧血のような、手足に力が入らないようなそんな感じがする。

 

そろそろ資格試験の勉強にがっつり取り組まないといけない。ずっと前に買った本を開いて、始まりのところだけ読んでみた。本格的な勉強は明日やろう、明日やろうは馬鹿野郎っていったの誰だっけ

 

今年も台風はひどいんだろうか。去年に住んでいるマンションで小規模な停電があり、懐中電灯兼ランタンは準備している。水とガスコンロくらいがあれば、何かあっても生きていけると思う。あとで買いに行かないと。

 

かえってからゲームをするならまだしも、ようつべとかついったをだらだら眺めているのは本当に時間を浪費しているような気持ちになる、でも頭を使わなくていいのは楽なんだよなと思う。最近のついったは昔ほど面白くないような気がする。こういうのが老害の始まりなんだろうか。最近流行についていけていない感じがすごいので、本当に年を感じる。。。

弟の受験

 

 大学受験の相談に乗ってほしいと、弟からLINEが来た。

 残念ながら弟とは年が離れているため、最近の共通テストなるものはよくわからない。聞かれたことに所感を述べるとそれで満足したようで、すぐに話題はゲームの話になった。

 

 弟ももうそんな年かと感慨深い。考えてみれば、自分の大学受験もN年前である。

 なんか絶望する。

 自分の精神年齢なんか、高校、大学ぐらいからちっとも変っていない気がする。

 

 小さい頃は大人ってものすごく大人に見えたのに、いざ自分がなってみると全然そうではなかったな、いや、きちんと大人になった人もいるかもしれないけど。

 きっとお父さんやお母さんもそうだったんだろう、小さい頃は両親とは絶対的な存在で、そういう生き物なんだとまで思っていたけれど、そういえば家には漫画もゲームもビデオテープもたくさんあったし、親である前に個人であったのだよな。そこらへんを意識し始めたのは高校のあたりだったと思うけれど、決定的だったのは両親が離婚したときだ。

 

 離婚を知ったのは祖母が話してくれたのが最初だった。

 まず私にはそれがすごく嫌だった。祖母が嫌いとかではなくて、本人たちから聞くのがあるべき流れに思った。母親が家にいたくないのは知っていたし、やっぱりなと思う反面、本当に離婚までしないとだめなのかという思いがあってそれからずっと沈んでいた。

 

 母親に話を聞いたときにどっちについていくかと聞かれて父親を選んだが、別にどっちでもよかったし、ただ苗字が変わるのが面倒だっただけだ。それだけなのだが、母親が残念そうな顔をしたのを今でも申し訳なく思っている。誤解がないように記しておくが母親も父親も大好きだ。

 

 母と下の弟はいつの間にか家を出ていて、(大学の寮で生活していたし、実家のことはあまり連絡が来なかった)今でも実家に帰ると落ち着かない。母親の家に遊びに行っても落ち着かない。自分の幼少時代過ごした家が、まるで別の家みたいに感じる。

 

 母の引っ越し期間中、母が使っていた机の上に付箋が貼ってあって、確か「いっこずつこなしていこう」とかそんな感じの自分を励ます内容が書いてあって、衝撃だった。泣きそうになってしまった。母はしばらく専業主婦だったので、離婚して別の場所で働くこととか生活していくことにとても不安があったと思う。母を母親というカテゴリじゃなくて一人の人間なんだよなと思った瞬間はそこだった。

 

 両親は離婚して兄弟も住んでいるところがばらばらになったし苗字も違うが、なんだかんだこれが一番良かったんだろうと思っている。兄弟は割と頻繁に行き来しているし、両親も変わりなさそうだ。離婚してすぐどっちかが再婚なんかしたらどうしようと内心戦々恐々としていたが、そんなこともなかった。まあ、離婚の原因は両親間というよりかは祖父にあったので。

 

 長々と書いた上に、弟の受験の話ではなくて両親の離婚のときの話になってしまった。今でもふと、母親の付箋を見た瞬間の衝撃を思いだす。こうやって文章に起こしてみるのも悪くなかったかもしれない、けどこれは日記ではないな。

 

 日記に書けるような面白いことは今日は起こっていないのでこれでよいことにする。帰り際に新しい案件の話を聞いたがまたプログラムなので、もうプログラム要員として生きていくしかないんだと今さらだが感じている。